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私の教師論

教師とは「先生」と呼ばれる職業である。私の場合だと、plaplakun先生となる(本名は控える)。では、このように先生と呼ばれる職業が教師以外にあるのかというと、意外にその職業は多い。例えば、医者、弁護士、国会議員などがある。これらは先生と敬うことで何らかの対価を得ることができるから、先生を多用するのだろうか?

では、学校現場における先生という呼称は何からきているのだろうか?それに関して解を出したのが有名な夏目漱石だ。彼はその多くの著作の中で先生について悩んでいたのがわかる。現に漱石もまた先生と呼ばれる職業、教師であった。

まずは、漱石の仕事観が垣間見れる小説がある。それが『それから』である。芸術家を目指しているが、定職に就いて働かない仗助の言葉を以下に引用する。

働くのいいが、働くなら、生活以上の働きでなくっちゃ名誉にならない。

あらゆる神聖な労力は、みんな麺麭(パン)を離れている。

仗助がいかに働きたくないのかがわかる文章である。仗助自身、今でいうところのニートである。また絵描きを目指しているが故に神聖な労働であるべきだという彼の言葉は今に通じるものがある。漱石もまたそうであったのかもしれない。教師をしながら小説を書いていた漱石にとって、仕事とはこのように「生きるために(食べるために)仕方なくしていること」にすぎなかったのかもしれない。

 

そして、決定的に先生という呼称に疑問を投げかけているのが『吾輩は猫である』だ。

吾輩の主人は滅多(めった)に吾輩と顔を合せる事がない。職業は教師だそうだ。学校から帰ると終日書斎に這入ったぎりほとんど出て来る事がない。家のものは大変な勉強家だと思っている。当人も勉強家であるかのごとく見せている。しかし実際はうちのものがいうような勤勉家ではない。吾輩は時々忍び足に彼の書斎を覗(のぞ)いて見るが、彼はよく昼寝(ひるね)をしている事がある。時々読みかけてある本の上に涎(よだれ)をたらしている。彼は胃弱で皮膚の色が淡黄色(たんこうしょく)を帯びて弾力のない不活溌(ふかっぱつ)な徴候をあらわしている。その癖に大飯を食う。大飯を食った後(あと)でタカジヤスターゼ( 高峰譲吉が麹(こうじ)かびから創製した消化酵素剤の商標名)を飲む。飲んだ後で書物をひろげる。二三ページ読むと眠くなる。涎を本の上へ垂らす。これが彼の毎夜繰り返す日課である。吾輩は猫ながら時々考える事がある。教師というものは実に楽(らく)なものだ。人間と生れたら教師となるに限る。こんなに寝ていて勤まるものなら猫にでも出来ぬ事はないと。それでも主人に云わせると教師ほどつらいものはないそうで彼は友達が来る度(たび)に何とかかんとか不平を鳴らしている。

猫目線で描かれた小説だが、漱石自身そのように思っていてこんな文を書いたのだろう。教師だからと言ってえらいわけではなく、全く勤勉ではないと言い切っている。かなり痛快だ。

 

このように漱石は教師は果たして先生に呼ぶにふさわしいのか否かと迷いながら教師をしていたに違いない。しかし、彼の小説『こころ』の先生は弁護士でも国会議員でも教師でもない。ではなぜ主人公は先生を先生と呼んだのだろうか。

わたくしはその人を常に先生と呼んでいた。だからここでもただ先生と書くだけで本名は打ち明けない。これは世間をはばかる遠慮というよりも、その方が私にとって自然だからである。私はその人の記憶を呼び起すごとに、すぐ「先生」といいたくなる。筆をっても心持は同じ事である。よそよそしい頭文字かしらもじなどはとても使う気にならない。

『こころ』の冒頭である。先生は自殺し、そして遺書にその原因が書かれている。さて漱石にとって先生とはなんだったのか?その答えがおそらくここにある。

先生は人生の負い目がある。Kとの因縁だ。この負い目が主人公にとって彼を先生と呼ぶにふさわしくしたのではないだろうか。それがすなわち良心だったと思う。

Kから妻を手に入れたが、それは彼にとっては重みになっていたのだろう。悪いことをしてしまったという人生の負目、主人公はこれを肌に感じ、先生と呼んだのではないだろうか。

 

先生。それは数々の恥や罪からくる良心を忘れずにこころに持ち続けた者が唯一醸し出すことができる呼称である。