12月24日の日記

かれこれ、今年の7月からK大学やO大学の教育学部の方々をメンバーの中心として僻地の公立高校に赴き受験生に勉強を教えている。7月当初、確率も出来ない、二次関数も出来ない、微分積分?何それ?って感じの受験生であったが、そんなことは全くなかった。受験生はすごい。計算も速いし、質問もかなり高度になった。あとは本番だ。がんばれよ。最後のエールとして僕が送った言葉は

「自分らしくない!次はこうしよう!!」

であった。僕のほかにちょうどこの前まで受験生だった先生がいたから細かいことは彼らに任せて、僕は大まかな話をしたのだ。

受験生は倦怠期なんてものがあり、出来てたはずの問題ができないという状態に陥る。こんなとき自分の心に

「自分らしくない!」

「次からはこうしよう!」

といってほしい。そんな内容だったと思う。

 

実は今日の本題はこれではなく、K大学の教育学徒と話したことだ。

さてそれを以下に書く。

1.いつから教育者を志したのか?

教員免許を取得するために大学に行くという名目で大学進学を許してもらった経緯があるのでなんとも(汗)

教育実習のとき、僕は中学校で化学実験の実習をさせてもらったのだが、全く指示言語が通らなかった。授業は良かったんだけど。で、そのときの科目担当の先生からすごく怒られて、「大学院進学した2年間でよく考えてください」と告げられたのでした。

で、理学系の大学院に進学した。周りは就職活動を始めて当然僕も始めたんだけど、採用担当から言われた言葉は

「あなたの分野だと弊社では活躍できないと思う」

というものだった。同時並行で私学の教員採用があった。全ての科目において先生は足らない。しかも優秀な教員が欲しいときたもんだから、私学も必死。どこかの会議室を借りてリクナビマイナビ顔負けの催しをする。話は脱線したが、僕はそこでいろんな進学校からオファーを頂いた。教育学部でもないし、塾講師なんてこのときはしていなかった僕がですよ?

「これは『なりなさい』ということだな」

とこのとき思った。教育実習で失敗したけど、教壇に立ったとしても失敗するかもしれないけど、なりなさいということなのかもしれない。みっともない姿を見せるかもしれないけど、だらしない姿を見せるかもしれないけど、時に怒り狂う姿を見せるかもしれないけど、教師らしく努力しろと。まあ、人から見たら紆余曲折があると思われるけどね。これがいきさつです。

2.これからの教育、貧困教育、キャリア教育、部活問題、古典教育学

この辺の話はお互いに問題提起のお話です。僕が日々考えていることであり、教師になってからもずっと悩み続けることだと思います。

6人に1人の子どもが貧困です。これをどう考える?

僕が来年度勤める高校は職業校でもあるので理科という科目の中でどうキャリアを位置づけるかが問題になりそうです。

あと最近話題の部活問題。これはお互いに部活は必要であるという意見で一致。だけど、誰かがいった「部活は教育のガン」という言葉が某K大学の彼にとっては胸に刺さっているみたいでしたけど、教育のガンかなー?

とまあ、散文長になりましたが、皆さんにも考えてもらいたい内容です。

 

3.どうして今の勤務校に?

「学校の先生にとっての先生は目の前の生徒」

これが僕にとっての核となる心情です。いろんな生徒がいる学校に行きたいからです。歳が若いうちに、彼らからいろんなことを教わりたい。大学院を中退してでも笑