キャリア教育のカリキュラムをめぐる今日的動向に関する考察

大学の時のレポート第1弾!!

 

 

本レポートは、キャリア教育が求められる背景および動向、そしてその意義と課題について述べたものである。まず初めに、キャリア教育がなぜ求められるようになったのか、その背景を述べたいと思う。

 『キャリア教育の推進に関する総合的調査研究協力者会議報告書(平成16年1月公表)』

によると、5つの理由が挙げられている。以下、抜粋する。

①少子高齢社会の到来、産業・経済の構造的変化や雇用の多様化・流動化、②就職・就業をめぐる環境の変化、③若者の勤労観、職業観や社会人・職業人としての基礎的・基本的な資質をめぐる課題、④精神的・社会的自立が遅れ、人間関係をうまく築くことができない、自分で意思決定ができない、自己肯定感を持てない、将来希望を持つことができない、進路を選ぼうとしないなど、子どもたちの生活・意識の変容、⑤高学歴社会におけるモラトリアム傾向が強くなり、進学も就職もしなかったり、進路意識や目的意識が希薄なまま「とりあえず」進学したりする若者の増加。

 さらに国立教育政策研究所によると、「特に産業や経済の変容は雇用形態の多様化・流動化にも直結し、子供たちが将来に不安を感じ、学校での学習に自分の将来との関係で意義が見いだせずに、学習意欲が低下し、学習習慣が確立していないといった状況も指摘されています。」と述べている。

 次に動向について述べる。文部科学省では、「キャリア教育の基本方向と推進方策」としてまとめられていたので、それをもとに述べたいと思う。

 まず基本方向として、『「働くこと」への関心・意欲の高揚と学習意欲の向上』、『一人一人のキャリア発達への支援』、『社会人・職業人としての資質・能力を高める指導の充実』、『自立意識の涵養と豊かな人間性の育成』が挙げられていた。

 次にキャリア教育推進のための方策について述べる。これに関しては5つ、挙げられていた。以下に抜粋していく。

『教育課程への位置づけとその工夫』、『各発達段階に応じた「能力・態度」の育成を軸とした学習プログラムの開発』、『体験活動等の活用(職場体験、インターンシップ、ボランティア活動、地域の職業調べ、幼小中高大等の多様な学校間連携、上級学校調べ等)』、『社会や経済の仕組みについての現実的理解の促進等』、『多様で幅広い他者との人間関係の構築』が挙げられていた。

ちなみに国としても報告書を公表している。平成14年11月に公表された『児童生徒の職業観・勤労観を育む教育の推進について(調査研究報告書)』などがある。

 このように小・中・高と一貫した体系的な学習プログラムにしようとしたり、職業観・勤労観の育成により若年性雇用問題への解決への糸口にしようとしているのもうかがえることも可能である。

 そもそもキャリア教育とはなんだろうか。ここでは、意義について述べたいと思う。文部科学省によると、『キャリア教育は、一人一人のキャリア発達や個としての自立を促す観点から、従来の教育の在り方を幅広く見直し、改革していくための理念と方向性を示すもの』であり、また『キャリア教育は、キャリアが子供たちの発達段階やその発達課題の達成と深くかかわりながら段階を追って発達していくことを踏まえ、子どもたちの全人的な成長・発達を促す視点に立った取り組みを積極的に進めること』と記している。

 こうした文部科学省や国の動向、キャリア教育の意義を基に各学校はキャリア教育を行うのである。ここでは、文部科学省および国立教育政策研究所の資料を基にして、先述の動向に含まれるかもしれないが、各学校の現状について述べ、そこからうかがえる課題についてまとめたいと思う。

 まず、小学校についてであるが、『キャリア教育の意義や必要性あるいは指導内容・方法の理解について教職員間に差があるなど、教職員のキャリア教育に関する理解が必ずしも一致しない』、『指導内容・方法が未開発で、夢や希望の育成といった指導に偏っている』、『学年や学校全体で取り組む組織・体制が未整備で、学級担任個々の取組になっている』ことが挙げられていた。次に中学校だが、『キャリア教育と進路指導との連関が図られておらず、本来の理念に反して出口指導に偏る傾向がある』、『多くの学校が職場体験に取り組んでいるが、その事前・事後の指導が不十分であり、体験活動に終始する傾向がある』、『学年ごとの優れた活動や指導方法等が学校全体の取組として、継承、改善されていない』という点があった。最後に高校についてである。『キャリア教育の意義や必要性の理解が不十分で、従前からの進学指導や就職指導に終始する学校が少なくない』、『キャリア教育の全体計画や各学年の年間指導計画などが立てられていない』、『ホームルーム活動等における指導内容・方法の開発が十分に行われていない』ことが挙げられる。

 こうしたことをまとめると課題が見えてくる。国立教育政策研究所によると、3つの課題が挙げられている。まず第一に、『教職員間の意識にばらつきがある』という点だ。すなわち『キャリア教育の意義や必要性などが十分に理解されていない』のである。そして第二に、『指導計画を作成している学校が少ない』ということだ。たとえば、キャリア教育の目標や内容が確立されていないのである。最後に、『推進組織・体制の構築が進んでいない』という点である。いわば、『校内連携、学校主観および家庭・地域との連携が不十分』なのである。

 これらの問題点を解決するためには学校内外の組織、体制づくりが必要であると文部科学省は説明している。具体的には、全教員がキャリア教育の本質的理解を共有したりキャリア教育を行うための研修を行うことや、保護者や地域、企業および関係行政機関等での協力などをする必要がある。

 これより、キャリア教育が求められる背景や動向、そしてその意義及び課題をふまえたうえで自分なりの意見を述べたいと思う。私の意見としては主に2つに大別される

 まず第一として、問題点として学校現場が何をしたらよいのか分からず混乱しているということだ。私が考えるに、その原因はキャリア教育の達成目標が不明瞭だということが挙げられる。すなわち、一体何をもって基礎的・汎用的能力を身に付けたといえるのか分からないということである。基礎的・汎用的能力は4つに大別され、それは「人間関係形成・社会形成能力」、「自己理解・自己管理能力」、「課題対応能力」、「キャリアプランニング能力」である。ちなみに、いわゆるコミュ力、コミュニケーション能力の事だが、それは「人間関係形成・社会形成能力」に含まれる。

 このようにキャリア教育を通じて培う基礎的・汎用的能力を見てきたが、全てに言えることは定義が不明確である。不明確だからこそ、教員が考え、各学校で特色ある体系的なキャリア教育ができると思うのだが、そのような定義が不明確なものを学校現場で「教育」として行うことに私は疑問を感じずにはいられない。例えば、教科教育はテストというものがあり、客観的に児童の理解力を測ることができる。しかし、基礎的・汎用的能力はそれが出来ないし、ある教員が児童に対し基礎的・汎用的能力が十分身についたと評価しても、また違う教師は反対の評価をするかもしれない。つまり、ここで私が言いたいことは、定義が不明確なゆえに学校現場が何をしたらよいのか分からず、混乱に陥っているということである。

 しかし、キャリア教育の理念と思われる定義には素晴らしいものがある。「キャリア教育の推進に関する総合的調査研究協力者会議報告書(平成16年1月公表)」によると『「児童生徒一人一人のキャリア発達を支援し、それぞれにふさわしいキャリアを形成していくために必要な意欲・態度や能力を育てる教育」ととらえ、端的には、「児童生徒一人一人の勤労観、職業観を育てる教育」とする』と記している。

 私が思うに、若年性雇用問題はこの「働く意欲や態度、勤労観、職業観」が身についていないことに本質的な問題がある。なぜなら、仕事にやりがいがあれば続けて行こうと思えるからだ。だからこそ、小学校からキャリア教育を行い、これらを身に付ける必要性があるのだ。このためにはやはり地域の事業所等の協力が必要だ。

 そこで、第二として私が挙げるのは、現状のところでも触れていたことだが、地域・保護者の連携が不十分だということである。国立教育政策研究所によると、企業が教育支援活動を実施していない理由として、「学校側からの支援依頼がない」、「情報が不足、やり方がわからない」という回答が多く挙げられていた。

 そのためには、本旨にそぐわない内容となる恐れがあるのであまり述べないが、「開かれた学校」にする必要があるだろう。

 ここまで指導する側、教員側について述べたが、やはり大事なのは児童である。よく言われているのが児童の学習意欲低下である。確かに私も学校の勉強に意欲が見出せなかったものである。何故なら、周りの大人は数学における三角形の合同の証明を使わずとも日々の仕事を行っているからだ。従って、今やっている勉強に意味がないと思っても仕方がないと考えてしまいがちだ。しかし、三角形の合同の証明は論理的思考力を培うのに役立ったと今になって私は考える。

 キャリア教育は社会に出ることを意識し過ぎているかのように見える。現に、私は職場体験を中学校で行った。しかし、最も大事にすべきなのは教科学習を通じてのキャリア発達なのではないか。本当に社会に出ることでしか基礎的・汎用的能力を培えることができないのか。そのようなことはないはずで、日々の教科学習で十分だと私は思える。例えば、授業で自分の意見をみんなの前で発表する機会を設けたり、少し積極性のない児童には作文を書かせるのもよいだろう。その際には、目標として分かりやすい文章にすることを意識させればよい。

 基礎的・汎用的能力は教科学習に隠れているはずである。教員はこれを探し出して、その培うべき能力を意識して授業づくり、教材作り、またはできない児童のための補習も行うべきである。そうすれば、児童らが陥りやすいと思われる「今やっている勉強の意味がない」という思考になりにくく、むしろ自身の教化学習の意義を見出し、積極的に励むはずであろう。

【徒然日記】やっぱり大学はいらない~しがない大学院生のブログ~

今、はてな界をにぎわしているのがこのブログですな。

 

www.sekkachi.com

 

これね、適正年収は30歳で650万円だそうです。そうじゃないと子供二人を私立大学に通わせることは出来ない。さて、学費が高すぎるのでいらないという一辺倒な品のない結論はここではいいません。理由を3つ挙げましょう。

 

1、年間7万人の社会的引きこもりを生み出している。

2、少子化を引き起こしている。

3、4年間かけて高校までに培った能力をつぶしている。

それでは順に説明していきますよ。

 

1、年間7万人の社会的引きこもりを生み出しているから大学はいらない

まずは、このデータをご覧ください。

図表34 大学卒業者(平成25年3月)の状況

http://www8.cao.go.jp/youth/whitepaper/h26gaiyou/b1_04.html より

 

進学も就職もしていないってことはひきこもりです。もっといえば、不詳とはなんでしょうか?これが普通の教育機関なら(小中高なら)、親、地域の皆さんと連携して生徒をひきこもりから脱出させます。もっといえば、継続的にコンタクトを図ることで不詳なんてことはありえません。20を超えたから?そんなのは言い訳です。大学を教育機関として位置づけるのなら、普通の教育機関と同等のことをするべきです。

このように、大学は年間7万人の社会的引きこもりを生み出していることから、近年話題のキャリア教育は何も効果がないといえます。また専門教育もなんら効果を示していません。7兆円もこんな大学に年間予算がつけられています。これをもっと他に使ってみてはどうでしょう?国会議員さん?

 

2、少子化を引き起こしているから大学はいらない

では、皆さんに質問です。18歳で働くとしましょうか?

例えば、実家から近い介護老人ホームで働く、飲食店で働く、車の免許を取得して運送業で働く、コンビニで働く、ある程度社会勉強して転職してどっかの会社の営業で働く、工場で働く、3年間専門学校で勉強してから21歳から働く、あるいは学びながら働く。。。

 

いろいろ手はありそうですね。18歳で働くので当然実家の近くで働くことになりますよね、現実的に。実家から通える範囲で働くとなるとまず考えられるのが、「金がたまる」です。食費がいりませんから。となると、20歳の段階でそこそこの財力が築けるわけです。で、結婚を考える。考えざるを得なくなる。職場であった30代の男性と結婚、出産。大学に行かなかったらこのような人生プランを組めるわけです。

 

大学に行くと22歳で採用、ちょっとキャリアを築きたいからということで30代まで働く。40代手前で結婚をやっと考える。子供を生もうと思うけど、母子ともに高齢の出産は危ない。となると。。。

はい!大学はいりませんね!!

このような理由から少子化を引き起こしています。なので大学はいらない。

 

3、4年間かけて高校までに培った能力をつぶしているから大学はいらない

高校までは毎朝早くにおきて学校に通っていました。しかし大学に行くとこの生活リズムが狂います。そして就職したときにまた毎朝早くに起きるというリズムに戻さないといけない。だったら、高校で働けよ。

 

以下の理由からいりません。

まずは高校生でもちゃんとした人材であることを社会に認知させないといけません。私の活動はそこからです。世の高卒生を優秀であることを認知させ、あとは会社で研修をすれば十分に勤まるところまでのレベルにさせるべきです。

高校生のボトムアップ。大学でしっかり勉強した私ならなんとかできそうな気がするぞ笑

 

高知県民が大阪・奈良に来たーーー!!!

大学時代の友人が奈良に来ました。

私、大学が高知だったので、実際奈良より高知に友人が多いんですよね。つまり地元の方が友達が少ないんです。奈良県民の悲しい性なんですよね(このことは後のブログで書くかも)。

 

高知県からはるばる来てくれました!!で、他にも福井県からも来てくれる友人がいたのですが、突然22時に(24時に来てくれるとのことだったのですが)電話があり、無理だということで。。。昼までに言ってよね?

 

ま、それはさておき、彼は23時くらいに私の家に来ました。そのまま、ガストでご飯を食べ、翌朝、奈良公園に行きました。

奈良公園に来たのに、高知県の友人はしかせんべいを買わず、ただ眺めるだけ。おもろいの?もーー。しかせんべいをあげようよ!!

 

ご飯。柿の葉ずしを食べないかと誘ったところ、酢飯のご飯が苦手とのこと。

私は奈良の南部の生まれなので、柿の葉すしは結構馴染みがあるんだよね。

ま、仕方ない。

 

大阪では、海遊館で。まーきれい。私が海遊館に行ったのはかれこれもう20年前。

あれ?ガラスがもっときれいではなかったけ?うーん、ちょっと萎えたかな?

 

ということで高知県の友人に文句を言いつつ、この小さな旅は終わったのでした。

物理実験

物理での実験は、高校生のときはそんなにしたことがない印象がある。ここでは、私が大学時代、物理学実験という授業で行った課題がある。

 

①力学編

(1)振り子の周期

T=2π(√l/g)という式を理解する。

・紐の先にある錘に関係ない法則であること

・Tはlの1/2乗にに比例

 

両辺に対数をとると、

logT = 1/2logl + log(√g)/2π

となり、傾きが0.5になるかどうかを確かめる実験

(y;logT , x;logl,  b; log(√g)/2π)

 

(2)減衰振動

振り子を水に入れて振動させる。徐々に動かなくなる。

様々な形の振り子を持ってこさせ、振れ幅の変化を観察する

 

(3)パラメータ振動

T/2で上下振動させる。振り子が励振させる上下振動の周期を見つける。

 

 

 

話の流れ

世の中にはこれまで全く決まらなかったことが、いきなりパッと決まったりする。話の流れというやつだ。

どこかでたまたまバッタリ同級生に会うと、「食べに行こう!」と誘えば、あれよあれよと場所まで決まる。今、よく会う友達よりすぐ決まる。

これが話の流れ。

 

先日、どういうわけか、大学の友人に電話をしてしまったらこれまた一気に予定が決まった。今週の金曜日に私のところまで来てくれるそうだ。

わざわざ遠方より友来る也、亦喜ばしからずや、というやつだ。

そこで私は遠方より来てくれるのだから一気に予定を組もうとした。そしたら友達が、「行きながら考えたい」と。

 

いやはや、よく分からんものだ