たまには研究のお話

研究なんてものは私みたいに全く持って関係のない職場に就職が決まったり、もっといえば、研究内容自体が実業業界と全く関係のないものだと、興味が失せてしまう。これは当然のことであり、ましてや職業と関係のある研究内容だったとしても、世の学生はなんだかんだと理由を付け研究しないというのもよくある話である。

 

かく言う私はプラズマ医療の研究をしている。修士1年の初めての研究内容を報告した際、私が所属していた研究室の教授は「科学ではない!!」と言い放った。私の分野はぽっと出の、世界中でも珍しかった新学術領域であり、先行研究なんてものはなかった。過去の蓄積のない学問なんてものはありえないという昔ながらの大学教授、しかも工学博士にとって「科学ではない」と言い放ったことは至極真っ当な事だったと思う。そこから先の大学院生活はなんとか日本における「科学である」と称されるために過去の文献を読み漁った。しかも実験もいっぱいやった。それはまるでバイオサイエンスのベンチャー系企業。朝9時半から夜10時過ぎまで。帰ったらデータをまとめた。

 

当時私が所属していた研究室は生体高分子を主に扱った研究内容を推進しており、私みたくプラズマなんて稀有な研究分野であった。だからこそ、この研究室でやってみたいと思ったのだが、多勢に無勢、諸先輩方からは認められなかった。あのころの私に対する風当たりはかなり強かったことだろう。今では連絡も取っていないし、取ったとしても話すことはない。「科学ではない」、その言葉が彼らからも聞かされた。

 

就職活動が始まった。3月から始まったと思う。私は最初から教師になろうと志していたものだから、予定では修士の2年になったらやめようと思っていた。あるいは、応用物理学会で発表し、論文を通し、有終の美を飾ってから辞めようかと思っていた。家族会議では当然その計画は却下された。国立大学院に通っていてもったいないということだ。私からすれば、ここで過ごす1年間のほうがもったいない。とはいっても、前期の学費は払い終えていたものだから、選択肢としては修士号も取得してから教員になった方がいいのは明らかだった。だって、1年分稼げるし、昼は非常勤で1コマ1万円で働いて夜は塾講師でもしたら年相応どころの騒ぎではなくなるからだ。

 

教員になる。。。そういう私の事情を聞きつけてか、博士研究員が塾の講師のアルバイトを紹介してくれた。某個別指導の塾である。そこではいろんな生徒に出会った。受験生はもちろんのこと、公立高校で生徒会長をしている生徒、はしゃぎまくる小学生、一方でそれをよそ目に中学受験にいそしむ小学生などなど。すごく勉強になった。個別指導だから距離も近いことがあって、すぐに彼らに打ち解けることができた。おそらく、私が本格的に教壇に立つ前の先生は彼らになるだろう。彼らによってやっと私は教壇に立つことができるのだ。

 

閑話休題になるが、私が教育実習をしたのは2年前。もう模擬授業なんて形にするだで手一杯であった。だから彼らによって僕は教員になることを許されたのだ。中には、研究者になってほしいという生徒もいたが。。。願い下げである笑

 

これが去年の私の身の回りに起こったことである。他にも某公立高校での活動もあるが、それはまた別の話。

にしても、卒業するかどうかできるかどうかも不明だけど、今修士号をとれなくても、まったくもって痛くないし、困らない。