T教授が退官されるということで、忘備録

 現代物理学の講義が特に印象に残っている。学部1年の段階でシュレディンガー方程式を扱うのはどう考えても

酷だと思った。しかし僕は化学の世界よりこっちの世界が好きになり以後のめりこむようになる。ちょうど講義が半分終わり、中間試験が非常によかったということでローレンツ変換を扱う。うーん、学部一年の夏前にやることでもないような気もするし、あと7回の講義でやるには全く足りないだろうと今から考えるとそう思う。だけど、先生は「学内でやるアンケートがあって僕はすごく点数が悪いんだけど、僕は変人だから給料とか気にしないんだ」とおっしゃった。なんかすごい。。。そう思ってずーとずーとずーとそこの研究室に行きたいと思ってた。結果的に定年だから入れなかったんだけどね。でもその当時は好きな研究室を見学できたから、申込書を提出し、T研究室を見に行ったんだけど僕一人。だって、あんな授業をするんだもん、誰も来ないに決まっている。そこの研究室にいた院生さんは僕がT研究室希望だと知って「え!!ほんとにほんとにT研??」と驚いてた。そうそう、3年前にお会いしたその方は今日の最終講義でも来られていました。で、研究室見学なわけだけど、凄かったのがほとんどの実験器具(特にN棟)が先生の管轄だったこと。その当時から泥くさっくて物理ができる研究室に入りたかったんだなーって。それを嗅覚でかぎ分けてたんだなーって。でもね、そこにT先生はいなくって、後日僕宛にメールが来て、「君が研究室の見学に来ることを全く頭になかった」って。少々腹が立ったけど、結果的に研究室に入れなかったしまあいいか。

2年生になると先生の専門性に踏み込んだ講義を受けるようになるんだけど、それはあまり記憶にないな~。あったかどうかすらわからない。その時の僕は物理ばかりしていたし、誰の講義でどこで受けた講義なのか、全く分からない。内容は訊かれたら答えれるけど。。。でも、材料技術史だけは覚えている。多分、あの講義をできるのはずーっと大学にいたT先生しか本学ではできないと思うから。I先生と共同で講義。I先生は原子力発電所の再稼働に反対をしている代表者。で、その講義で「情報社会と学び」という話が今でも記憶に残っていて「ユークリッド幾何学だとかはいつの時代でも難しいんだけど、調べたら出てくるよね。だからこれからは学びのあり方とかが変わってくるんじゃないかな」とおっしゃった。あと「天才はいつの時代でも生まれてくると思います。だけど、それは周りの環境もあって、たとえば坂本竜馬が生まれた高知は下士と上士っていう格差があってそこから這い上がろうという意思もあったんだと思います。あと、会津だって優れた教育があった。多分天才は地頭の問題じゃなくて大半は環境であったりだとか教育だったりだとか外部の影響があるんだと思いますね」と。先生が言うから説得力がある。(注意 もはや崇拝の域です)

3年はもう専門の範囲。2年の復習かな~?だけどとくに僕にとってターニングポイントは先生が研究室募集をしなかったこと。言ってほしかったな。で、僕は路頭に暮れるわけだけれども(泥臭い物理系の研究室はあまりない)、半導体の研究室に行こうと思うんだけど、そこの教官が「教職はちょっと難色」みたいな感じに言われたっけ。T先生の取り扱っている機器は電子顕微鏡でそれに近い研究室に行こうと思ってね。だけど友達が「T先生がM先生のほうが私よりもすごい人だよって言ってたよ」と言ったから。まあ電子顕微鏡の技術の前身はIB装置だからね。でその研究室に配属。それからほんと泥臭い。IBの照射が何分で、磁場がどう向いてるからイオンが受ける力の向きはどやこやで、うち当てると格子欠陥ができて強度がどやこや変化して云々。。。技官がほしい。技官にやってもらいてぇ。。。しかも今週はIBの減速システム追加作業が終わる。それも泥臭かったわけだが。しかし、今から思えばT先生が言ってたことを友達が伝えてくれなかったら多分入ってなかったな。もっと嬉しいのが僕がしたかった泥臭い物理ができたこと。

まあ、長々と書いたけど、量子力学であったり現代物理学はあの先生から影響を受け、今でもその分野を飽きもせずにやっていると。そして、もっと変人になりたいなぁって。多分「やりたいことがあるんならそっちを優先しよ。人に迷惑かけなかったらそれでいいでしょ」っていうんでしょうね