よくしてくれるなあ、今の職場

昨年度の無茶苦茶な働かせ方から一変、非常勤講師となりお金はないが、健康であるという生活になった。非常に楽をさせてもらっている。

仕事量もさることながら、よく声をかけてくれる。

「24コマ、大変ですねえ。」

「今日も頑張ってくださいね!」

昨年度、そんな声掛けはなかった。

 

私は新卒で、20コマを担当し、担任をもち、入試部に所属し、バドミントン部の顧問をしていた。従って、土日のどこかは必ず出勤。夏休みで2学期の始まる前は毎週、土日出勤をしていた。そのため、修学旅行は14連勤でそのまま東京ー信州ー長野ー京都で帰宅というどこのスカウトキャラバンやねんと言いたくなるような勤務もしていた。

毎朝、倦怠感が体中に蔓延った。

 

頭髪服装検査の日は血が滲んだ痰を吐いた。終わったら、学年団に責められるからだ。私が担当していたクラスは女子が多く、化粧はするし、髪は染める。それを毎朝、注意深く変化を見、改善を促すのが、担任の朝のSHRの始まりだった。同僚に聞いたらだいたいみんなそんな感じだったという。

 

学年会議では胃液が湧き出た。学年団に責められたからだ。責める理由を後からしかるべき先輩教員から聞くと、「君を責めたらほかが見えなくなるから」だそうだ。まるでいじめみたく、責められていた。学年主任が皮切りに

「どうなってんねーん!お前のクラスは!」

という。私が

「新卒で仕方ないかもしれません。。。」

というと、2年目の先生が

「私は2年目です!2年目だけどできてます!!」

という。あとで産業医にこの現状を言うと、泣きながらお辛かったでしょう、そんな声掛けはありえないといっていた。

 

私を責める理由は、自分たちができる・できているという錯覚を得たいだけだということだった。

 

そう思うと、今の職場はよくしてくれる。本当、感謝。

 

 

 

とある物理教師が生物を教えることになった

久しぶりに日記を書こうと思う。どうして筆を走らせるかというと、昨年度より仕事を減らした故。昨年度はしんどかった。担任業、入試、20コマの授業といい、また製菓衛生士関係の先生との連携など、いろいろあった1年間だった。担任もおろされたりしたがそれは別の話になる。

 

大学院時代に生物の研究をしていたこともあり、別段教えることに苦はないのだが、いかんせん、受験経験がない。ゆゆしき事態と相成った。センター試験から私学の看護系まで学びなおさないといけない。

 

助教授にいわれたことを思い出す。

「生物学は現象論」

 

生物学は図が多く、板書が大変である。ただでさえ、図を描くのが下手な私にとって嫌な授業の1つになった。生物学は現象論とはこの意味であったのかと、修了後2年後に思い知らされた。

 

私にとって、現象論はこういいかえられる。反機能論。機能論とはすべてfunction(機能・関数)で表されるという、あくまで理論だ。物理学はそれを信じて学問を形作っている。しかし、生物学はどうであろうか?必ずしも、生物の生態現象を関数で表されるかというとそうではない。

 

西洋思想に毒された、現代医学の失敗はそこにあるのではなかろうか?イザべラ・バードの日本紀行に代表されるように、西洋思想はとかく機能を重んじる。我々の生体反応は果たして1対1の対応関係になっているのだろうか?

生物学は現象論である。このような枠組みの中で、前途有望な高校生諸君らに何を私は教えることができるのだろうか。西洋医学東洋医学の違いに代表されるように、医学はもはや宗教のにおいまで感じさせる。

 

かの有名な物理学者、シュレーディンガーは細胞を見てこういった。

「生物は負のエントロピーを食らうものだ」

前述した、私の杞憂にも似た、焦燥感を一気に解決してくれる。細胞の特徴の一つに代謝というのがある。彼はこの働きをみていったのだろう。

 

生物学は現象論であるが、それを美しく、そしてほんのりと悲壮感をも感じさせて表現する物理学は、我々の生活を残酷に表現するために生まれたのかもしれない。

某DVDレンタル予備校について

某DVDレンタル予備校とはあのT進である。

これからこの予備校について思うところを書いていこう。

まず講座が高すぎるということである。

入学金が3万円、通期講座(15回から20回 90分)で75,600円。

試算をしてみよう。

国公立志望の理系大学生が受講するとしたら、数学、英語、理科を主に取るだろう。この時点で20万円を超える。高い。

諸氏の中にはこんな反論をする者もいるだろう。

「担任指導もしてくれるから高いわけがない」

待て待て。担任助手は大学生であり、自身の経験しかない輩だ。そもそも担任という仕事を大学生にさせるというのが問題であり、金もうけにしか目を向けていないとしか見えない。もっと言えば、この予備校は学校法人ではなく、株式会社。株式会社ということは売り上げを気にしている。その売り上げはDVDの本数なのである。

 

目を覚ますべきだろう。

たまには研究のお話

研究なんてものは私みたいに全く持って関係のない職場に就職が決まったり、もっといえば、研究内容自体が実業業界と全く関係のないものだと、興味が失せてしまう。これは当然のことであり、ましてや職業と関係のある研究内容だったとしても、世の学生はなんだかんだと理由を付け研究しないというのもよくある話である。

 

かく言う私はプラズマ医療の研究をしている。修士1年の初めての研究内容を報告した際、私が所属していた研究室の教授は「科学ではない!!」と言い放った。私の分野はぽっと出の、世界中でも珍しかった新学術領域であり、先行研究なんてものはなかった。過去の蓄積のない学問なんてものはありえないという昔ながらの大学教授、しかも工学博士にとって「科学ではない」と言い放ったことは至極真っ当な事だったと思う。そこから先の大学院生活はなんとか日本における「科学である」と称されるために過去の文献を読み漁った。しかも実験もいっぱいやった。それはまるでバイオサイエンスのベンチャー系企業。朝9時半から夜10時過ぎまで。帰ったらデータをまとめた。

 

当時私が所属していた研究室は生体高分子を主に扱った研究内容を推進しており、私みたくプラズマなんて稀有な研究分野であった。だからこそ、この研究室でやってみたいと思ったのだが、多勢に無勢、諸先輩方からは認められなかった。あのころの私に対する風当たりはかなり強かったことだろう。今では連絡も取っていないし、取ったとしても話すことはない。「科学ではない」、その言葉が彼らからも聞かされた。

 

就職活動が始まった。3月から始まったと思う。私は最初から教師になろうと志していたものだから、予定では修士の2年になったらやめようと思っていた。あるいは、応用物理学会で発表し、論文を通し、有終の美を飾ってから辞めようかと思っていた。家族会議では当然その計画は却下された。国立大学院に通っていてもったいないということだ。私からすれば、ここで過ごす1年間のほうがもったいない。とはいっても、前期の学費は払い終えていたものだから、選択肢としては修士号も取得してから教員になった方がいいのは明らかだった。だって、1年分稼げるし、昼は非常勤で1コマ1万円で働いて夜は塾講師でもしたら年相応どころの騒ぎではなくなるからだ。

 

教員になる。。。そういう私の事情を聞きつけてか、博士研究員が塾の講師のアルバイトを紹介してくれた。某個別指導の塾である。そこではいろんな生徒に出会った。受験生はもちろんのこと、公立高校で生徒会長をしている生徒、はしゃぎまくる小学生、一方でそれをよそ目に中学受験にいそしむ小学生などなど。すごく勉強になった。個別指導だから距離も近いことがあって、すぐに彼らに打ち解けることができた。おそらく、私が本格的に教壇に立つ前の先生は彼らになるだろう。彼らによってやっと私は教壇に立つことができるのだ。

 

閑話休題になるが、私が教育実習をしたのは2年前。もう模擬授業なんて形にするだで手一杯であった。だから彼らによって僕は教員になることを許されたのだ。中には、研究者になってほしいという生徒もいたが。。。願い下げである笑

 

これが去年の私の身の回りに起こったことである。他にも某公立高校での活動もあるが、それはまた別の話。

にしても、卒業するかどうかできるかどうかも不明だけど、今修士号をとれなくても、まったくもって痛くないし、困らない。

 

 

12月24日の日記

かれこれ、今年の7月からK大学やO大学の教育学部の方々をメンバーの中心として僻地の公立高校に赴き受験生に勉強を教えている。7月当初、確率も出来ない、二次関数も出来ない、微分積分?何それ?って感じの受験生であったが、そんなことは全くなかった。受験生はすごい。計算も速いし、質問もかなり高度になった。あとは本番だ。がんばれよ。最後のエールとして僕が送った言葉は

「自分らしくない!次はこうしよう!!」

であった。僕のほかにちょうどこの前まで受験生だった先生がいたから細かいことは彼らに任せて、僕は大まかな話をしたのだ。

受験生は倦怠期なんてものがあり、出来てたはずの問題ができないという状態に陥る。こんなとき自分の心に

「自分らしくない!」

「次からはこうしよう!」

といってほしい。そんな内容だったと思う。

 

実は今日の本題はこれではなく、K大学の教育学徒と話したことだ。

さてそれを以下に書く。

1.いつから教育者を志したのか?

教員免許を取得するために大学に行くという名目で大学進学を許してもらった経緯があるのでなんとも(汗)

教育実習のとき、僕は中学校で化学実験の実習をさせてもらったのだが、全く指示言語が通らなかった。授業は良かったんだけど。で、そのときの科目担当の先生からすごく怒られて、「大学院進学した2年間でよく考えてください」と告げられたのでした。

で、理学系の大学院に進学した。周りは就職活動を始めて当然僕も始めたんだけど、採用担当から言われた言葉は

「あなたの分野だと弊社では活躍できないと思う」

というものだった。同時並行で私学の教員採用があった。全ての科目において先生は足らない。しかも優秀な教員が欲しいときたもんだから、私学も必死。どこかの会議室を借りてリクナビマイナビ顔負けの催しをする。話は脱線したが、僕はそこでいろんな進学校からオファーを頂いた。教育学部でもないし、塾講師なんてこのときはしていなかった僕がですよ?

「これは『なりなさい』ということだな」

とこのとき思った。教育実習で失敗したけど、教壇に立ったとしても失敗するかもしれないけど、なりなさいということなのかもしれない。みっともない姿を見せるかもしれないけど、だらしない姿を見せるかもしれないけど、時に怒り狂う姿を見せるかもしれないけど、教師らしく努力しろと。まあ、人から見たら紆余曲折があると思われるけどね。これがいきさつです。

2.これからの教育、貧困教育、キャリア教育、部活問題、古典教育学

この辺の話はお互いに問題提起のお話です。僕が日々考えていることであり、教師になってからもずっと悩み続けることだと思います。

6人に1人の子どもが貧困です。これをどう考える?

僕が来年度勤める高校は職業校でもあるので理科という科目の中でどうキャリアを位置づけるかが問題になりそうです。

あと最近話題の部活問題。これはお互いに部活は必要であるという意見で一致。だけど、誰かがいった「部活は教育のガン」という言葉が某K大学の彼にとっては胸に刺さっているみたいでしたけど、教育のガンかなー?

とまあ、散文長になりましたが、皆さんにも考えてもらいたい内容です。

 

3.どうして今の勤務校に?

「学校の先生にとっての先生は目の前の生徒」

これが僕にとっての核となる心情です。いろんな生徒がいる学校に行きたいからです。歳が若いうちに、彼らからいろんなことを教わりたい。大学院を中退してでも笑

なめらかな面はあるの?

物理の問題で「なめらかな」という文字がオンパレードする。

うーん、これが物理を日常の現象としてとらえられない原因。

 

マラソン記録。これから頑張る。3月までの記録

距離 3.81km

時間 33分

350カロリー

ペース平均 8分43秒/km

平均速度 6.9km/h

高度変化 67m